死にたいの正体(カウンセラーになりたいと思ったきっかけ)
20代の後半、就職してお金も自由に使えるようになって洋服ばっかり買っていた頃があって。
私はこのまま仕事して消費してずっと生きていくのかな〜なんのために生きてるんだろうって思って死にたくてたまらなくなったことがあります。
だれかれ構わず「死にたい、死にたい」って言ってて。みんなよく付き合ってくれてたなぁとすごい有り難く思います。相当めんどくさい奴だったと思うので。
ある日、今日死のうと思ってフラフラしてたら「大丈夫?話聞くよ。」ってずっと話聞いてくれた見ず知らずの人がいたのです。
もう、その人の名前も顔も何話したかも忘れちゃったんだけど、その日を境に死ぬのをやめました。
ストッパー。あの人は元々私が最高潮に死にたくなったら助けに行くよって約束してた人なんじゃないかと思います。
そんな出来事があって私はカウンセラーになりたいって漠然と思ったのでした。
人の話を聞ける人になりたいと。
そこからカウンセラーになるまでには長い年月がかかったけど。何かの暗示だったのかな。
今になって思えばこの猛烈に死にたかったことのおかげで立ち止まって、生きるってことを真剣に考え出した。どう生きたいか、何がしたいのかを模索し始めたきっかけだったように思います。
死にたいって思うのって裏返すとちゃんと生きたい!ってことなんだと思うのです。猛烈に生きたい証拠。だから悩んだり、立ち止まることは弱いからってだけじゃない。豊かに生きようとしている証拠なんだと思うのです。
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